小金井発!芸術文化を書くこと/伝えること講座

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第3回|武田徹「書くことは、生きること」③

*以下、受講生の講座ノートから抜粋したコメントです。

講座のポイント
1.ルポルタージュの書き方
・ ルポルタージュ(事実的文章)は事実をいかに正確に伝えられるか否かが評価される。
・ 「意味を取り違えたり、分かり難い」これは修飾する側とされる側が煩雑であったり、整理されていない場合でも起こる。加えて句読点の位置も重要である。
・ 事実的な文章の書き方。(本田勝一『日本語の作文技術』を踏まえて)
①修飾する語とされる語のルールは、その関係が入り組まないようにし、その順番が逆になったり、離れすぎないようにする。
②修飾の語順のルールは、長い修飾語は前に、短い修飾語は後ろにする。
③テンの打ち方のルールは、「思想としてのテン」を生かすために、特にテンを打つ必要のないときには、なるべく打たない。
・ あらゆる表現は読者に認められるかどうかのみを基準として評価される。
・ ルポの文体は、とにかく人に伝える形で。
・ ルポの表現は、さまざま自由に。
・ 誤読されずに、事実をきちんと伝えるための文章には、作文の具体的なコツがある。
・ 名詞と、それに係る修飾部分の呼応関係を明確にするために、語順や句読点を適切に使う。
・ 語順や句読点のルールを守らない場合、そこに筆者の意図がこめられている。
・ 修飾される側とされる側を明確に意識して、文字数の多い順から先にして書く。
・ 誤読を防ぎ、強調したいとことや思想を込めるために「テン」を打つ。
・ 事実を語るにはルポルタージュだが、内面に迫るには小説の形もあり得る。


2.沢木耕太郎のルポルタージュ
・ ルポルタージュは「表現の自由」を貫けるジャンル(沢木耕太郎を巡って)
①ニュージャーナリズム②私ノンフィクション③彼(彼女)のノンフィクション④小説といろいろな書き方に挑戦。
・ 沢木耕太郎の作品に見る、ニュージャーナリズムの表現の中での「筆者のいる位置」の変化
①「テロルの決算」...上空から、文中の全ての登場人物、出来事を俯瞰するかのような視点。筆者は、文中で進行する事件の中にはいない。
②「一瞬の夏」「深夜特急」...文中の全ての人物、出来事は、筆者を通して体験され、文章にされる。外界の事象と筆者の内面との相互作用。筆者は文中の全ての中にいる。
③「壇」...文中の登場人物の1人が体験した事を、その人自身が語るかのように、一人称で描く。筆者は彼/彼女の中に入り込む。
・ 沢木耕太郎による、ルポルタージュの可能性の拡大
①小説...ありえる世界、事実らしさを描く為に、「本当に何が起こったのか」へのこだわりを捨てる。「真実」とはどういうものかを捉えるために、「事実」へのこだわりを捨てる。
②写真...写真とは外界の事物をそのまま映し出すもの、しかし、それはあくまで「私」が目  
にした光景だ。自分の目で見なかったものは写真に撮れない。「私」の目を通してのルポルタージュ。
・ 沢木耕太郎の文体の変遷。
第3者としての存在を消したニュージャーナリズムや→私ノンフィクション→第3者の視点でのみ進める→小説

3.ニュージャーナリズム
・ ルポルタージュが自由な表現である事の表れとして、ニュージャーナリズムというスタイルがある。
過去に起こった出来事を「事後報告」という形ではなく、「今、目の前で起こっている出来事」として描く形式。取材に基づく記事だが、いかにも「取材して書きました」風ではない。
・ 新聞と違って、現在進行形で進ませる小説のような文体→ニュージャーナリズムは臨場感がある。

まとめの一言
・ 今私達がテーマとしているルポルタージュには個性的な表現より読み手に意味が正しく伝わるかどうかに最大の注意が必要
・ ルポルタージュは「読者相手の真剣勝負」の世界であり、作文技術を鍛え、表現の形式を選んで挑戦してみよう。
・ さまざまな表現のルポの書き方を一言で表現するなんて…
・ 事実を伝える為の文章には、作文上のルールがある。しかし、形式はとても自由。
・ ルポルタージュとはどんな形でも良い。自由である。

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