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東小金井梶野町。とあるアパートの東南角部屋。
ベランダから外を眺めると淡々とした風景が小さく広がっています。
たぶん、僕の視界は幅5m、高さ4mくらいでしょうか。そんな長方形を僕は毎日意識するわけでもなく見ながら生きています。その範囲から聞こえてくる音がどんなものなのか、じっと耳をかたむける時が多々あります。
僕は音楽を作っています。それはポップスやロックといったわかりやすいものではなく、どちらかというとわかりにくいモノ、音楽というより「音」を作っている。シンセサイザーを使って、名前のつかないような、例えば、トランペットのようでもあり、ヴァイオリンのようでもあり、声のようでもある音を複数使い、組み合わせ、曲として成立させるように作っています。「音遊び」と言った方がわかりやすいのかもしれません。
音楽制作していると、楽器を使うことがほとんどだと思われるかもしれませんが、音を録音するという行為があります。これも音楽制作の一部です。「録音」と聞くと歌声やアコースティックギターの録音が思いつくと思いますが、僕の場合「そこら辺で鳴っている音」を録音します。
コンピュータを持って録音する場合もありますし、小型の録音機を持って街中で音を集音する。持ち帰って、注意深く聴き必要な音、そうでない音を選別していきます。
例えば数年前、吉祥寺で妻が個展を開催しました。「風景の連鎖」というタイトルで、武蔵野の風景を撮影した写真をTシャツにアイロンプリントで定着させ、鉄塔を縫い込み、映像に作り変えた写真をプロジェクターで展示されたTシャツへ映し込むという作品でした。ギャラリーの企画ということもあって、鉄塔Tシャツを作るワークショップやアーティストトークもあり、それを記録することになり、1時間くらいのドキュメンタリー作品が出来上がりました。そして、このドキュメンタリーに音を付けなくてはいけないと思った僕は小金井公園で集音することを決めました。
小金井公園で集音中、幾つか並んだ鉄塔の下で録音した音の中に見つけた「ゴー」という低音がありました。集音している時は普段耳にしている外の音です。車が走っていたり、子供が騒いでいたり、 会話が聞こえてくる場合もあります。思いもよらない音が聞こえてくる。
集音した音は家に持ち帰り、イコライザーという濾過器を使い、いらない音を削ったり、気に入った周波数を持ち上げることで強調させたりします。それが僕にとっての音楽制作の一部です。
先ほど話した「ゴー」という音。これはたぶん、五日市街道を走る車やバイクの音が束になって流れて来た音でしょう。
この音を短く切り、リズムとして聴こえるように作り変えました。これは楽器では出せない音でした。皮を張ったパーカッションではこの音は出ない。ですが、曲の方向性を決めるのに欠かせない音になったと思っています。もちろん、楽器演奏も録音します。ギターやピアノシンセサイザー。そういった楽器を泳がせるために小金井鉄塔の音が軸になるわけです。
友人を頼りに上海へ旅行に出かけた時、観光場所をビデオ撮影しました。ビデオにヘッドホンを繋げ街を歩く。ビデオ撮影していると視覚に重点を置くようになります。音は聴いていますが、それほど集中して聴いていないように思いました。ただ、一つだけ撮影中、集中して聴いた音がありました。それは川の水が岸にたどり着いた時の音です。「パシャーン」といった音です。黄浦江という川にポンポン船が通ります。すると、船によって分かれた水が岸にたどり着き「パシャーン」と鳴る。
東京に帰ってビデオをぼんやり見つつ、音に重点をおいて聴いていると、ここでも思いもよらない音が入っています。普段の生活にある音だけれども、確実に違った音。中国語をしゃべる子供の声、地下鉄のアナウンス。考えてみると、小金井に住んでいると、ポンポン船の音は聴かない音です。
週数間後、自転車に乗り適当に鼻歌を口ずさんで走っていると、忘れてはいけないと思うメロディーが浮かんできました。こういった時に便利なのが携帯電話で、忘れてしまう前に録音しておくことができます。
音程のさだかでない鼻歌の音程を鍵盤で確かめて、メロディーが出来上がります。ここからがスタートです。鼻歌は非常にわかりやすい中国風のメロディーでした。このメロディーに上海の音を付け足して、より自分の思った上海を作り込んでいきます。
発展途上の上海。上海タワーを中心に高層ビルが建設されていました。美術館では青銅器に代表される古い中国の歴史も見ることができました。道端で麻雀をするおじさん達、丸い顔をしたお嬢さんが作っていた肉マン。小龍包。何と言っても上海散策の案内をしてくれた友人、李さん。野心的な彼の話は前向きで一直線でした。そんな記憶を込めて、音のレイアウトは続くわけです。
Tシャツは人型。縫い付けた鉄塔は今を生きる人々の繋がりです。同じ文明を生きる人と人との繋がり。この感覚に近づくためにはあの音でなくてはいけなかったと思っています。うすらぼんやりとしてくる記憶をたどってもそれだけは明確です。上海もそうです。僕はあの土地に足を踏み入れたのです。真夏の上海。東京の暑さよりも暑く感じました。
しかし、ここでいつも疑問が生まれます。それは「この音の意味をわかってもらえるだろうか?」という疑問です。「ああ、これは小金井公園のユーカリ広場で聞いたことあるよね。」と言ってくださる方はまずいません。もちろんそんな正確な感想を求めるわけでもなく、僕がその音を選んで想像した世界感を感じてもらえるのだろうかということなのです。
制作した僕自身、作品の楽しみ方を提示することが必要かもしれません。ジャケットの中に「小金井の何処そこの音」と記しておくのも一案かもしれません。それを頼りに小金井公園に散歩していただき、音楽を聴いてもらう。もしかすると、そこから新しく生まれる「小金井感」があるかもしれません。
どの音も僕にとっては価値があります。しかし聴く側にとっては、北大通りの音でも良いし、新小金井街道の音でも良い。上海の川の音でなくても、東京湾の浜辺で録音しても良い。風呂場で十分な音が録れるかもしれません。見られたわけではないですから、どちらでも良い。決定的な説得力を持つ音ではないと判断されてしまうのではないかと、自虐的な思考が働きだして来ます。僕が経験した出来事をイメージとして思い返し、それに合った音を理由づけていく作業。自己ルール。ただ漠然とした状態でも、作品は作ることができますが、ルールを作り方向性を持たせることで説得力が生まれる。誰も気にとめない音に意味を見いだせという方が間違っているのかもしれませんが、小金井公園という空間に存在している鉄塔の下で集音されたことに価値を見いだしたい。
極端な言い方ですが、僕が選んだ音が否定されるということは、自分が経験したことを否定されてしまう恐怖感すら感じます。
では何故、僕はそんな音をわざわざ使うのか。それは「面白い」からです。
街の音をもとに作った音も、シンセサイザーで作られた音も、大きさを想像させ、そこから距離を感じることもできるのです。音は空気を伝っていくことで姿を現す存在です。きっと、音楽制作の中で生まれた音たちは、不安定な粒子の中で自立しようとしているのです。フワフワと浮かんでみたり、ドッシリと構えた縁の下の力持ちの時もあります。
クラッシックの曲を聴いて、ヨーロッパにある田舎の風景が広がったという人の話を聞いたことがありますが、ヨーロッパにある田舎の風景を知らない人はきっと、別な風景が広がっていると思います。ですから、音そのものが何で奏でられているかは別として、そこに存在している音を自分のイメージに重ねて想像を膨らますのは面白いことです。
恐怖を背負いながらも進むことは、好きでなければ寄り添えない。恐怖が好きなのではなく、好きなものと寄り添うとそれも付いてくる。
美味しいものを鱈腹食べた後、恐ろしい数値を医者から言われるそれと同じ。何をやってもリスクは付き物なのです。
「自由に作品を作る」ということは、ある意味矛盾している「不自由さ」を作りだしていることと同じと僕は思っています。僕の言った恐怖もそういうものなのだと思っています。ただ「恐怖」と言葉にすると、負のイメージですが、実はそうではないのかもしれません。僕の中で不自由になった作品は一人歩きを始めます。託された形を背負いながら、ゆっくりですが聴いてくれる誰かの耳へと繋がって行く。そして、そこから自由な形に変化していくのだと信じています。もしかすると僕の恐怖は責任というものなのかもしれません。相手がいなくては成立しないこと。
たぶん、僕の視界は幅5m、高さ4mくらいです。そんな長方形を僕は毎日意識するわけでもなく見ながら生きています。5m以上、4m以上の世界はどんな世界か。そこでどんな音がしているのか。そこにある音の形を意識することが大切なのだと思うのです。
(平林秀夫)
ベランダから外を眺めると淡々とした風景が小さく広がっています。
たぶん、僕の視界は幅5m、高さ4mくらいでしょうか。そんな長方形を僕は毎日意識するわけでもなく見ながら生きています。その範囲から聞こえてくる音がどんなものなのか、じっと耳をかたむける時が多々あります。
僕は音楽を作っています。それはポップスやロックといったわかりやすいものではなく、どちらかというとわかりにくいモノ、音楽というより「音」を作っている。シンセサイザーを使って、名前のつかないような、例えば、トランペットのようでもあり、ヴァイオリンのようでもあり、声のようでもある音を複数使い、組み合わせ、曲として成立させるように作っています。「音遊び」と言った方がわかりやすいのかもしれません。
音楽制作していると、楽器を使うことがほとんどだと思われるかもしれませんが、音を録音するという行為があります。これも音楽制作の一部です。「録音」と聞くと歌声やアコースティックギターの録音が思いつくと思いますが、僕の場合「そこら辺で鳴っている音」を録音します。
コンピュータを持って録音する場合もありますし、小型の録音機を持って街中で音を集音する。持ち帰って、注意深く聴き必要な音、そうでない音を選別していきます。
例えば数年前、吉祥寺で妻が個展を開催しました。「風景の連鎖」というタイトルで、武蔵野の風景を撮影した写真をTシャツにアイロンプリントで定着させ、鉄塔を縫い込み、映像に作り変えた写真をプロジェクターで展示されたTシャツへ映し込むという作品でした。ギャラリーの企画ということもあって、鉄塔Tシャツを作るワークショップやアーティストトークもあり、それを記録することになり、1時間くらいのドキュメンタリー作品が出来上がりました。そして、このドキュメンタリーに音を付けなくてはいけないと思った僕は小金井公園で集音することを決めました。
小金井公園で集音中、幾つか並んだ鉄塔の下で録音した音の中に見つけた「ゴー」という低音がありました。集音している時は普段耳にしている外の音です。車が走っていたり、子供が騒いでいたり、 会話が聞こえてくる場合もあります。思いもよらない音が聞こえてくる。
集音した音は家に持ち帰り、イコライザーという濾過器を使い、いらない音を削ったり、気に入った周波数を持ち上げることで強調させたりします。それが僕にとっての音楽制作の一部です。
先ほど話した「ゴー」という音。これはたぶん、五日市街道を走る車やバイクの音が束になって流れて来た音でしょう。
この音を短く切り、リズムとして聴こえるように作り変えました。これは楽器では出せない音でした。皮を張ったパーカッションではこの音は出ない。ですが、曲の方向性を決めるのに欠かせない音になったと思っています。もちろん、楽器演奏も録音します。ギターやピアノシンセサイザー。そういった楽器を泳がせるために小金井鉄塔の音が軸になるわけです。
友人を頼りに上海へ旅行に出かけた時、観光場所をビデオ撮影しました。ビデオにヘッドホンを繋げ街を歩く。ビデオ撮影していると視覚に重点を置くようになります。音は聴いていますが、それほど集中して聴いていないように思いました。ただ、一つだけ撮影中、集中して聴いた音がありました。それは川の水が岸にたどり着いた時の音です。「パシャーン」といった音です。黄浦江という川にポンポン船が通ります。すると、船によって分かれた水が岸にたどり着き「パシャーン」と鳴る。
東京に帰ってビデオをぼんやり見つつ、音に重点をおいて聴いていると、ここでも思いもよらない音が入っています。普段の生活にある音だけれども、確実に違った音。中国語をしゃべる子供の声、地下鉄のアナウンス。考えてみると、小金井に住んでいると、ポンポン船の音は聴かない音です。
週数間後、自転車に乗り適当に鼻歌を口ずさんで走っていると、忘れてはいけないと思うメロディーが浮かんできました。こういった時に便利なのが携帯電話で、忘れてしまう前に録音しておくことができます。
音程のさだかでない鼻歌の音程を鍵盤で確かめて、メロディーが出来上がります。ここからがスタートです。鼻歌は非常にわかりやすい中国風のメロディーでした。このメロディーに上海の音を付け足して、より自分の思った上海を作り込んでいきます。
発展途上の上海。上海タワーを中心に高層ビルが建設されていました。美術館では青銅器に代表される古い中国の歴史も見ることができました。道端で麻雀をするおじさん達、丸い顔をしたお嬢さんが作っていた肉マン。小龍包。何と言っても上海散策の案内をしてくれた友人、李さん。野心的な彼の話は前向きで一直線でした。そんな記憶を込めて、音のレイアウトは続くわけです。
Tシャツは人型。縫い付けた鉄塔は今を生きる人々の繋がりです。同じ文明を生きる人と人との繋がり。この感覚に近づくためにはあの音でなくてはいけなかったと思っています。うすらぼんやりとしてくる記憶をたどってもそれだけは明確です。上海もそうです。僕はあの土地に足を踏み入れたのです。真夏の上海。東京の暑さよりも暑く感じました。
しかし、ここでいつも疑問が生まれます。それは「この音の意味をわかってもらえるだろうか?」という疑問です。「ああ、これは小金井公園のユーカリ広場で聞いたことあるよね。」と言ってくださる方はまずいません。もちろんそんな正確な感想を求めるわけでもなく、僕がその音を選んで想像した世界感を感じてもらえるのだろうかということなのです。
制作した僕自身、作品の楽しみ方を提示することが必要かもしれません。ジャケットの中に「小金井の何処そこの音」と記しておくのも一案かもしれません。それを頼りに小金井公園に散歩していただき、音楽を聴いてもらう。もしかすると、そこから新しく生まれる「小金井感」があるかもしれません。
どの音も僕にとっては価値があります。しかし聴く側にとっては、北大通りの音でも良いし、新小金井街道の音でも良い。上海の川の音でなくても、東京湾の浜辺で録音しても良い。風呂場で十分な音が録れるかもしれません。見られたわけではないですから、どちらでも良い。決定的な説得力を持つ音ではないと判断されてしまうのではないかと、自虐的な思考が働きだして来ます。僕が経験した出来事をイメージとして思い返し、それに合った音を理由づけていく作業。自己ルール。ただ漠然とした状態でも、作品は作ることができますが、ルールを作り方向性を持たせることで説得力が生まれる。誰も気にとめない音に意味を見いだせという方が間違っているのかもしれませんが、小金井公園という空間に存在している鉄塔の下で集音されたことに価値を見いだしたい。
極端な言い方ですが、僕が選んだ音が否定されるということは、自分が経験したことを否定されてしまう恐怖感すら感じます。
では何故、僕はそんな音をわざわざ使うのか。それは「面白い」からです。
街の音をもとに作った音も、シンセサイザーで作られた音も、大きさを想像させ、そこから距離を感じることもできるのです。音は空気を伝っていくことで姿を現す存在です。きっと、音楽制作の中で生まれた音たちは、不安定な粒子の中で自立しようとしているのです。フワフワと浮かんでみたり、ドッシリと構えた縁の下の力持ちの時もあります。
クラッシックの曲を聴いて、ヨーロッパにある田舎の風景が広がったという人の話を聞いたことがありますが、ヨーロッパにある田舎の風景を知らない人はきっと、別な風景が広がっていると思います。ですから、音そのものが何で奏でられているかは別として、そこに存在している音を自分のイメージに重ねて想像を膨らますのは面白いことです。
恐怖を背負いながらも進むことは、好きでなければ寄り添えない。恐怖が好きなのではなく、好きなものと寄り添うとそれも付いてくる。
美味しいものを鱈腹食べた後、恐ろしい数値を医者から言われるそれと同じ。何をやってもリスクは付き物なのです。
「自由に作品を作る」ということは、ある意味矛盾している「不自由さ」を作りだしていることと同じと僕は思っています。僕の言った恐怖もそういうものなのだと思っています。ただ「恐怖」と言葉にすると、負のイメージですが、実はそうではないのかもしれません。僕の中で不自由になった作品は一人歩きを始めます。託された形を背負いながら、ゆっくりですが聴いてくれる誰かの耳へと繋がって行く。そして、そこから自由な形に変化していくのだと信じています。もしかすると僕の恐怖は責任というものなのかもしれません。相手がいなくては成立しないこと。
たぶん、僕の視界は幅5m、高さ4mくらいです。そんな長方形を僕は毎日意識するわけでもなく見ながら生きています。5m以上、4m以上の世界はどんな世界か。そこでどんな音がしているのか。そこにある音の形を意識することが大切なのだと思うのです。
(平林秀夫)
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